会津まつりを作ったのはあの偉人だった?!藩公行列の由来に迫る!

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会津若松市中心部で毎年9月に行われる会津まつり。

提灯行列を皮切りに行われる3日間のまつり期間中は、多くの市民と観光客が集まります。
メインイベントとして会津藩公行列、それに鼓笛隊パレードや会津磐梯山踊りなどが行われ、
普段は静かな会津若松市内が、まつり一色にそまります。

会津まつり2022 日程と見どころ!2022年版!会津まつり日程と見どころを紹介♪

さて、この会津まつりの礎(いしずえ)をつくった人物についてご存知でしょうか??

こちらの記事では、会津まつりをつくった会津の偉人についてご紹介します。

会津まつりのルーツは提灯行列

会津まつりのルーツは、1928年(昭和3年)に行われた秩父宮雍仁親王(ちちぶのみや あきひとしんのう)と松平容保の孫娘・松平節子(せつこ)さんのご成婚を祝って行われたちょうちん行列だったということは⇒みんなに知ってほしい提灯行列の真実でご紹介しました。(必見です。ぜひこちらの記事を読む前にご一読を!!)

しかし、これは節子(勢津子)さまが里帰りをしたタイミングで行われた単発的なできごとでした。

そこからどのようにして、市あげてのおまつりに発展して行ったのでしょうか?

武者行列をやろう!!

会津若松市ホームページには、

 
会津まつりは第二次世界大戦以前から市の一大行事として催されており、昭和3年(1928年)に若松市青年団主催・若松市役所後援の「若松市祭」として大名行列が催されたことが当時の記録に残っています。

 

とあります。

1928年、そうです、あの天皇家に嫁いだ勢津子さまを祝う提灯行列と同じ年。

松平節子さまの皇室入りによって、60年来の『逆賊』『朝敵』という汚名を晴れてぬぐい捨てた会津。
ご婚儀を控えた節子(勢津子)さまが里帰りされた際には、節子さまの結婚を祝う人びとで通りがあふれかえったと言います。

会津の汚名が晴らされた!!!と市民が狂喜乱舞したそのとき、会津の正義を信じて戊辰戦争を戦い抜き、命を落とした先人たちのために「武者行列をやろう!」と声をあげた人物がいました。

その人物と言うのが、3年前まで会津若松市(当時は”若松市”)の市長をつとめていた松江豊寿(まつえとよひさ)さん。


※画像はウィキペディアからお借りしました。

この武者行列こそが、現在の会津まつりのメインイベント、会津藩公行列のはじまりです。

現在の会津藩公行列は、鶴ヶ城本丸から中心市街地をぐるっと一周するルートで行われていますが、この時行われた武者行列では、滝沢本陣を通ったと言われています。

こちらが当時の地図

鶴ヶ城からは結構距離がありますが、具体的にどのようなルートをたどったのか、ご存知の方がいらっしゃいましたらぜひ教えて下さいね!!

まつりを始めた会津の偉人

「え?!松江豊寿、知らないんですか?!」

この話を聞いてポカーンとしていた私に会津まつり協会の方がおっしゃった言葉です(;・∀・)

まつえとよひさ、まつえとよひさ・・・どっかで名前は聞いたことがある気がするけど、全くピンと来なかった私。
歴史音痴なもので、どれくらい有名人なのか見当がつかないのですが、皆さんはご存知でしょうか??(ひょっとして私っておバカ丸出し?)

松江豊寿は、第一次世界大戦時に徳島県鳴門(なると)市でドイツ人捕虜(ほりょ)を収容する施設(板東俘虜収容所(ばんどうふりょしゅうようじょ))で所長をつとめていた人物。

ドイツ人捕虜に対する当時としては異常なまでの人道的な扱い、現地の日本人とドイツ人の交流が作り上げた文化、そしてドイツ人捕虜達が感謝を込めて行ったアジアで初めてのベートーベン第九の演奏など、所長松江豊寿の「神対応」に称賛があつまり、その様子は映画にもなっています。

 
この映画「バルトの楽園(がくえん)」は会津若松市出身の偉人の映画と言うことで、2006年の公開当初、会津は大いに盛り上がりました。(そして私ももちろん当時しっかり見ています)

松江豊寿は戊辰戦争で敗れた後に会津藩が移住した下北半島(斗南(となみ))で生まれ、差別を受けながら育ち、斗南出身者として陸軍で異例の出世を果たしました。第一次世界大戦が終戦をむかえ、鳴門のドイツ人収容所が閉鎖されたあと、会津若松に戻り、第9代若松市長になったのです。

映画でも語られたドイツ人収容所にまつわる感動のエピソードは、こちらの動画でわかりやすく紹介されています。

2018年会津まつり詳細

さて、会津まつりをはじめた偉人の正体がわかったところで、2018年の会津まつりの日程をご紹介しておきます。

開催期間:2018年9月22日(土)~9月24日(月・祝)
開催場所:会津若松市内(鶴ヶ城、神明通り、中央通り 他)

そうです!2018年は会津まつり期間中すべてが休日!!
県外からも参加しやすい日程ですね♪

日程 開始時間 内容 場所
9月22日(土) 18:00 提灯行列 神明通り
19:00 会津磐梯山踊り 神明通り
9月23日(日・祝) 8:40 先人感謝祭 鶴ヶ城本丸
9:25 出陣の御神矢放ち 鶴ヶ城本丸
9:55 藩公行列出陣式 鶴ヶ城本丸
10:25 会津藩公行列 会津若松市内
15:00 帰陣式 鶴ヶ城本丸
19:00 会津磐梯山踊り 神明通り
9月24日(月・祝) 10:00 鼓笛隊パレード 中央通り~鶴ヶ城本丸

 

日程が2017年と同じということなので、時間も2017年を参考に入れています。
変更になる場合がありますのであくまで”参考”としてご覧ください。

会津第九の会の演奏も!

ちなみに松江豊寿の偉業にちなみ、会津若松市でも”会津第九の会”が活動しています。

こちらが演奏会の様子。

 
戊辰150年の2018年は会津第九の会と会津市民オーケストラとがコラボした演奏会が、会津まつりの最終日に開催されます!

開催日時:2018年9月24日(月・祝) 午後 開演
開催場所:會津風雅堂

こちらもぜひあわせてお楽しみ下さいね♪

まとめ

『バルトの楽園』で有名な松江豊寿さんが会津まつりをおこした経緯についてまとめました。

2018年の会津まつりは3連休での開催。
遠方からも来ていただきやすい数年に一度のラッキーな日程になっています。

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ぜひこの機会に、歴史のあふれる会津まつりを楽しみにいらっしゃいませんか?

記事の中で出てきた旧滝沢本陣は、今も当時の弾痕や刀傷が残されており、会津人や会津ファンなら誰でも知っている歴史スポットとなっています。

名称 旧滝沢本陣
住所 〒965-0003
福島県会津若松市一箕町滝沢122
電話番号 0242-22-8525
営業時間 8:00~17:00
(冬期間は9:00~16:00)
定休日 年中無休(冬季期間は要予約)
料金 大人300円、高校生250円、中学生150円、子供100円
アクセス まちなか周遊バス「飯盛山下」下車、徒歩5分
磐越自動車道:会津若松ICより約15分

 
市内を走るまちなか周遊バスのバス停からすぐ近くにあり、白虎隊士たちが眠るお墓や、国の重要文化財である人気の観光スポットさざえ堂も近くにありますので、会津にお越しの際はぜひ訪れてみてはいかがでしょうか?

とは言ったものの、実は歴史に全く縁がなかった私は一度も行ったことがありません!
ちょっと怖くて一人で行く勇気はありませんが、近々会津の史跡めぐりをしてみたいと思っています。。。

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