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会津若松市内に住む主婦が、歴史をイチから勉強しながら書いています。
毎年9月に、会津若松市で会津まつりのなかで開催される会津藩公行列。
2022年版!会津まつり日程と見どころを紹介♪会津藩公行列を構成する一つ一つの隊には、どんな意味があるのでしょうか??
また、どんな団体が、その役を演じているのでしょうか??
その背景を知ってから行列を見てみると、あら不思議!
長~い藩公行列の、はじめから、おわりまで、目が離せなくなっちゃうんです♪
藩公行列を楽しむために^^各隊の構成をくわしく見ていきましょう!
こちらの記事では、松平公時代(浦賀奉公)を紹介します!
隊列全体の紹介はこちらの記事をどうぞ。
【2017年完全版】会津まつりを見るならこれだけは押さえたい!会津藩公行列の隊列を解説します浦賀奉公の隊構成
浦賀奉公(うらがぼうこう)・戸田伊豆守氏栄(とだいずのかみ うじよし)を筆頭に、横須賀開国甲冑隊(よこすか かいこくかっちゅうたい)のみなさんが、てづくりの甲冑を身にまとって登場です!
騎乗はありませんが、オリジナルの甲冑やかぶとで、とてもはなやかな部隊です。
▲こんな武将も!!
会津葦名氏(あいづあしなし)の初代領主・三浦一族の佐原義連(さわらよしつら)は、横須賀市がルーツ。
横須賀開国甲冑隊のみなさんがつけているのは、葦名の家紋です。
▲葦名の家紋(丸に三つ引)ウィキペディア
浦賀奉公・戸田伊豆守氏栄
浦賀奉公は、外国船も来航する、江戸湾の警護をおこなうこと。
浦賀奉行(うらがぶぎょう)ともよばれます。
戸田伊豆守氏栄が務めた幕末には、浦賀奉行は、外国との交渉の窓口にもなりました。
▲戸田氏栄 画像引用:ウィキペディア
ところで、戸田伊豆守氏栄は、戸田氏栄(とだ うじよし)のみょう字と名前の間に、『伊豆守』ということばを入れたものです。
伊豆守(いずのかみ)は、伊豆の長官という、幕府の役職です。
ペリー来航の際、交渉役をつとめたのも、戸田氏栄でした。
下田と箱館(函館)を開国し、鎖国が実質的におわった『日米和親条約』をむすんだのも、戸田氏栄だったといわれています。
▲ペリー 画像引用:ウィキペディア
参加団体紹介
参加団体は、会津藩公行列では、すっかりおなじみ!
横須賀開国甲冑隊(よこすか かいこくかっちゅうたい)のみなさんです。
浦賀奉公・戸田伊豆守氏栄(とだいずのかみ うじよし)役は、横須賀開国甲冑隊の隊長・相原文雄さんがつとめます!
浦賀港(今の横須賀港)のゆかりでの配役ですね!
横須賀市について、くわしくはこちらの記事をどうぞ。
【会津ゆかりの地シリーズ④】横須賀市~古~い絆の友好都市!!横須賀開国甲冑隊は、てづくりの甲冑が最大のとくちょう!
ダンボールを使っているとは思えない、重厚な仕上がりながら、ダントツに軽い!というがみりょくですね^^
そして、さまざまなイベントへ、甲冑姿で参加しているベテランのみなさんだけあって、衣装もカラフルで、とってもオシャレなんですよ!!
わたしは、過去に一度横須賀開国甲冑隊のみなさんにまざって、付き人で参加したことがあるのです。
上の集合写真は、そのときのもの^^v
横須賀市のみなさんは、例年、会津若松市役所近くのホテルに宿泊します。
藩公行列のルートになっているので、この前で「えい、えい、おー!」の勝どき(かちどき)や、殺陣(たて)のパフォーマンスをひろうして、観客をわかせています^^
こちらが会津若松市役所。
ホテルの名前は、いちおう伏せさせていただきますね^^
ホテル前に限らず、沿道のみなさんとフレンドリーに接してくださるので、甲冑隊と握手や記念撮影をしたい方は、ねらい目です♪
まとめ
2017年の会津藩公行列、松平公時代の浦賀奉公と参加団体を紹介しました。
会津藩公行列の常連さん、横須賀開国甲冑隊!
人生の大せんぱいの方も多く、会津まつりを、もはや”ライフワーク”のように楽しんでくださっているみなさんです。
ご注目下さい!
隊列全体の紹介はこちらの記事をどうぞ。
【2017年完全版】会津まつりを見るならこれだけは押さえたい!会津藩公行列の隊列を解説します