【2018隊列詳細⑨】松平時代・西郷頼母&田中土佐(作家・今野敏&一般応募)

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毎年9月に、会津若松市で会津まつりのなかで開催される会津藩公行列

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会津藩公行列を構成する一つ一つの隊には、どんな意味があるのでしょうか??
また、どんな団体が、その役を演じているのでしょうか??

その背景を知ってから行列を見てみると、あら不思議!
長~い藩公行列の、はじめから、おわりまで、目が離せなくなっちゃうんです♪

藩公行列を楽しむために^^各隊の構成をくわしく見ていきましょう!

こちらの記事では、松平公時代(西郷頼母&田中土佐)を紹介します!

隊列全体についてはこちらの記事をどうぞ^^
【2018年完全版】会津まつりを見るならこれだけは押さえたい!会津藩公行列の隊列を解説します

西郷頼母&田中土佐の構成

家老(かろう)・西郷頼母(さいごうたのも)と、城代家老(じょうだいがろう)・田中土佐(たなかとさ)が、それぞれ馬の乗って登場します。

西郷頼母役は、作家・今野敏(こんの びん)さん
田中土佐役は、一般個人応募の坂下文夫(さかした ふみお)さんです。

会津若松市のお隣に、馬肉でゆうめいな会津坂下町(あいづばんげまち)があります。
「『さかした』じゃねーよ、『ばんげ』だよ」みたいなローカルCMがあったらしいですが、田中土佐役は、ばんげさんではなく、さかしたさんです!

西郷頼母&田中土佐紹介

家老・西郷頼母

西郷頼母は、会津藩の家老。

▲西郷頼母 画像引用:ウィキペディア

松平容保(かたもり)公に、戊辰戦争の火だねになったとされる、京都守護職(きょうとしゅごしょく)の話がきた時のこと。
西郷頼母は、「薪を負うて火を救うにひとし」と、京都守護職をことわるように再三進言します。

結局、松平容保公は京都守護職を受けることになるのですが、西郷頼母は、その後も辞任をすすめます。
これに怒った松平容保公は、西郷頼母の家老職を一度は解任までしました。

戊辰戦争が起こると、ふたたび家老に復帰し、白河口総督として白河口の戦いで奮闘。


▲白河小峰城

白河口の戦いに敗れて会津若松へもどってからも、ほかのみんなが徹底抗戦しているなかで、一人新政府軍に歯向かうのはやめよう、という態度を取っていました。
西郷頼母は、居場所がなくなり、息子をつれて城下を脱出。
その後、箱館戦争で榎本武揚らと合流して戦いました。

西郷頼母と言えば、西郷頼母邸での婦女子集団自決。
西郷頼母の母、妹2人、妻、5人の娘、親戚12名が亡くなっています。

当時34歳だった妻 千重子の辞世の句が有名です。

「なよ竹の風にまかする身ながらも たわまぬ節はありとこそきけ」

「なよ竹(細くてしなやかな竹)は、風に揺り動かされる身ではあるが、曲がらない節はあると聞いている」
というような意味。
自分たち女性は、時代の流れにあらがうことはできず、流されるだけの身だけれど、確固たる信念は持っているのだ
と訴えているのではないでしょうか。

会津若松市内には、この句を刻んだ「なよ竹の碑」があります。

実はこの西郷頼母邸での悲劇は氷山の一角にすぎず、城下では、会津藩士の家の婦女子なんと233人が、自ら(または家族の手によって)いのちを絶ったそうです。

会津若松市内にある会津武家屋敷には、西郷頼母の家老屋敷があります。

城代家老・田中土佐

田中土佐は、会津藩校日新館(にっしんかん)を創設した田中玄宰(はるなか)の子孫。
戊辰戦争では、鶴ヶ城下に迫る新政府軍を、甲賀町口(こうがちょうぐち)で食い止めるべく、奮闘。
この戦いで重症を負い、最期は家老の神保内蔵助(じんぼうくらのすけ)と、「生まれ変わっても会津で会おう」と刺し違えていのちを絶ったと言われています。

田中土佐が守った甲賀町口はこちら。

遺跡として、いまも石垣がのこっています。


▲甲賀町口門跡(国指定史跡)画像引用:会津若松観光ナビ

参加者紹介

西郷頼母役は、作家・今野敏(こんのびん)さん。
本名は、今野敏(さとし)さんです。


▲今野敏さん 画像引用:今野敏のブログ

今野敏さんは、小説家、漫画原作者、格闘家。
代表作品に、会津藩士の息子で、戊辰戦争当時3歳だった柔道家・西郷四郎の半生を描いた『山嵐』があり、会津とのゆかりがある人物です。


▲西郷四郎 画像引用:ウィキペディア

西郷四郎は、小説『姿三四郎』のモデルになった有名人です。

西郷四郎は、16歳で西郷頼母の養子になり、育てられたということで、この配役なのですね!!


▲藩公行列に参加する今野敏さん 画像引用:今野敏のブログ

一方の田中土佐役は、一般個人応募の田中成樹さんです。
苗字が同じ田中なのは、ぐうぜんでしょうか??

まとめ

2018年の会津藩公行列、西郷頼母&田中土佐と配役を紹介しました。

西郷頼母も、田中土佐も、幕末の会津藩家老で、京都守護職をことわるよう、松平容保公に進言した人物。
西郷頼母邸では、婦女子による集団自刃があり、妻の辞世の句が有名です。
田中土佐は、甲賀町口で新政府軍の侵入を食い止めるべく奮闘した人物。
神保内蔵助といっしょに自らいのちを絶ちました。

西郷頼母役は、西郷頼母の養子で、柔道家の西郷四郎をモデルにした小説『山嵐』の作者・今野敏さん。
田中土佐役は、一般個人応募で、坂下文夫さん。会津坂下町と同じ坂下さんですが、読みはばんげではなくさかしたさんです。

ご注目下さい!

隊列全体の紹介はこちらの記事をどうぞ。

【2018年完全版】会津まつりを見るならこれだけは押さえたい!会津藩公行列の隊列を解説します
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